国家主義の波に呑まれる安倍政権 (時事雑誌「L'Express」(仏)より)

 


Tokyo cède aux sirènes du nationalisme - L'Express


国家主義の波に呑まれる安倍政権


 

2014年5月5日


月曜日、フランスに迎えられた安倍首相。彼は、軍国主義の頃の日本を時折蘇生させるかのような国家主義の信念を隠さない。彼の危険な駆け引きは、危機に瀕する国の反映であると同時に、近隣諸国の怒りを日増しに掻き立てる。


日本列島に嫌な風が吹きすさぶ。原因は歴史修正主義者とレイシスト。彼らの存在は経済に悪影響を与え、日本と近隣国の緊張に拍車をかける。軍国主義の過去を懐かしむ人々がこの流れを歓迎している反面、同盟国は懸念する。

2013年12月26日、日本は新たな局面を迎えた。この日、曇り空が広がる冬の朝、突如としてテレビ番組が中断。ヘリコプターからの映像が、皇居を北上する数台のリムジンを映し出した。目的地は靖国神社。リムジンには安倍晋三。
 
首相は、再任一周年を記念して、アメリカ副大統領ジョー・バイデンの警告を無視し、東京裁判で裁かれたA級戦犯を合祀している巡礼地を参拝した。中国や韓国にとっては、軍国主義の日本を象徴する場所。安倍氏は、「この日に参拝したのは、御英霊に政権一年の歩みと二度と戦争の惨禍に人々が苦しむことのない時代を創るとの決意をお伝えするためです。」と生放送で表明する。これまでの言動を見返せば、彼の口から出たこの言葉に、説得力はほとんどない
 
5月5日、フランスを公式訪問した首相は、日本の政治史においてもっとも国家主義を重んじる政治一家の生まれである。彼は国民に愛国心教育を義務付けようとしているだけでなく、連合国軍占領下で1947年に施行された憲法第9条で定められている平和主義を見直すことまで検討している。9条条文:【日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。】
 
第二次世界大戦終戦から間もなく70年、日本とその隣国である中国と韓国は、1937年12月と38年1月に日本軍が南京の街を支配して遂行した南京大虐殺のような事件や出来事に関する歴史認識を巡って、今も火花を散らしている。
 
韓国人を初めとする10万人規模の女性が、旧日本軍の兵士に売春を強要された従軍慰安婦問題も熱を帯びている。しかし、安倍氏がこの只ならぬ雰囲気を気にかけている様子はほとんどない。中国や韓国の抗議を無視して参拝したということは、旧日本軍による蛮行に関する1993年と1995年の正式な謝罪を台無しにしたことと同じである
 
ここ数年の記憶を巡る戦いは、中国とは尖閣諸島で、韓国とは竹島で勃発する。3月末の日米韓首脳会談を前に、日本は河野談話を継承することを約束。とはいえ、その手筈は外交上の策略のにおいがする。日本と韓国は、東アジア最大の2つの同盟国の冷え込んだ関係を懸念するアメリカの圧力に屈している。
 
国内では、安倍氏の曖昧な言動が激化に一役買っている。3月3日、国会議員10人を含む約500人が、1993年の「談話」の見直しを政府に要求。集会では、談話を公表した河野洋平官房長官(当時)が裏切り者とみなされ、談話そのものがウソで固められているとした。参加者には桜田義孝文部科学副大臣も含まれている。
 
国家主義者が作る日本人共通の歴史認識
 
深刻な兆候はほかにもある。首相の知り合いで、NHKの新会長に就任した籾井勝人氏は、1月25日の就任記者会見で躊躇うことなく慰安婦問題に触れ、物議を醸す。これで終わりではない。2013年10月にNHKの経営委員に任命される百田尚樹氏は、第二次世界大戦中の旧日本軍の神風特攻隊を連想させる小説の作者であり、着任の4ヵ月後、南京大虐殺はなかったと唐突に言い放った。
 
日本の高校ではいつまでたってもまともな歴史教育がなされず、これらの20世紀の 出来事を多くの日本人が知らないまま、そして気づかぬうちに否認しながら大人になる。国家主義者たちは、政治や経済の世界でどんどん影響力を持つようになり、無数の言い落としや忘却をちりばめながら日本人共通の歴史認識を作り上げる
 
「何も悪いことしていないのに、何故謝らなければならないのですか?」と声を荒げるのは、極右媒体“国民新聞”の編集長藤田裕行氏。この新聞は、ネット上で極右団体や人が盛んに流し広める究極の歴史修正主義に賛同している。ネトウヨと呼ばれる彼らにとって、日本は防衛のために戦争を始めた。なぜなら安全が侵されていたからだ。そのため、ヨーロッパでいうニュルンベルク裁判にあたる、1946年から48年にかけて行われた東京裁判は何の意味ももたない。国家主義者たちにとって、日本は一切の謝罪の理由ももたないのである。
 
「エリート層がこのような歴史認識を持てば、安倍氏の信条と合致するというだけで、その考え方がいとも簡単に世の中に広まってしまう。」と、中野晃一上智大学教授(政治学)は考察する。安倍氏の名が知られるようになったのは、90年代、侵略戦争を公式に認めた政府(村山談話)に反対の意思を示した頃からである。ロバート・デュジャリック テンプル大学現代アジア研究所所長は、「安倍氏の信条はその頃からかわっていない。」と認めると同時に、国際社会が日本の指導者たちに蔑ろにされていることを嘆く。
 
日本人1億2600万人のほとんどが平和や周辺地域の友好維持を願っている。しかしここでは受動性が圧倒する。「しょうがない」と皆で言い合っている間に、SNSなどから国家主義者の意見がどんどん広まっていく。場合によっては脅しにも聞こえるレイシストの言葉が、様々な問題に直面する社会に“くいこんで”いくのである。「中国の経済成長や韓国のそれとセットで語られる失われた20年が、欲求不満を蓄積させ自己顕示欲を増大させている。」そう注意喚起するのは反政府系新聞の編集長。
 
目の敵にされる在日韓国人
 

黒い右翼の街宣車集団が珍しくない日本で、ここ数年、街並みがヘイトスピーチ劇場と化すことがある。ネット上の過激な触れ込みに乗せられ、大抵の場合、在日韓国人を標的にする。最も有名な団体、在特会(在日特権を許さない市民の会、2006年設立)は、少なくとも言語表現上、最も乱暴な団体の一つとして知られている。

3月17日、在特会のメンバーは、「朝鮮人死ね!」などと叫びながら新大久保のコリアタウンでデモを行った。中国人を激しく非難する者もいれば、コメ社会に食パンを持ち込んだ白人を責める者もいる。2013年7月、これらのヘイトスピーチについて問われた安倍氏は、「日本人の良識に委ねる」として明言を避けた。

 
本屋やキヨスクでは、嫌中嫌韓の見出しが驚異的な売れ行きを見せている。保守派の週刊誌・週刊文春は、2013年度に発行した49号中、48号で韓国や中国の話題を扱った。「よく売れるから」と某記者は言う。
 
変貌は選挙結果からも見てとれる。2月9日、東京都知事選挙で、田母神俊雄が12%の得票率を得た。自衛隊の空軍航空幕僚長だった彼は、2008年に発表した論文の中で、1930年から40年にかけての日本の侵略性を否定するなどして解任されている。それにもかかわらず、日本人であることを誇りに思う姿勢を前面に出し、南京大虐殺や慰安婦問題を捏造呼ばわりしながら選挙戦を戦った。彼は、安倍晋三が会長を務める国家主義議員連盟「創生日本」の事実上の応援を受けていた。
 
「お金がなくなれば、残るのは国籍だけ。」
 
世論調査は、国家主義論に影響されやすいのは若者であることを示す。しかし、日本の労働人口の40%を占める彼らは、最も生活に不安を抱える世代でもある。「40代との大きな違いは、私たちが社会に出て働くようになった90年代初めに、景気がすでに後退し始めていたこと。つまりは困難ばかりを経験してきたのです。」そう語るのは、国を誇りに思う気持ちはあっても、国家主義には敵対心を持つ30代の管理職・三堀タツシ氏。
 
三堀氏の妻、ハナも頷く。「お金がなくなれば、残るのは身元(国籍)だけ。」そんな状況で、しきしま会などの右翼団体が、“両親が解雇や無職に追いやられ志望の大学に進学することを諦めざるを得ない日本の若者”を引き合いに出して、“奨学金や宿舎が無料で提供され日本で就職先を見つける”中国人留学生を非難しても意外性はない。
 
一方、政界は沈黙に包まれている。野党第一党の民主党は、2012年の大敗以来、党内分裂が絶えない。政権を奪還した与党自民党は、野党3年の間に若返りを図り、いつになく平穏であるように見える。
 
憎悪に満ちた発言に対抗できる手立てはほとんどない。日本にはあらゆる形の人種差別を排除するための規制がなく、ヘイトスピーチを罰することができない。政府は表現の自由に限度があることを認めているが、メディアはというと、真剣に議論を展開する様子もなく、無力に見える。
 
記者たちは、匿名で不安を覗かせることはあっても、その思いを記事に表すことはない。吐露することがあったとしても、それは極稀なことである。新聞やテレビの上層部が辿るのは、今のところ効果を示す経済政策のお陰で人気を維持している政府が敷いたレールである。読売新聞の会長 渡邉恒雄は、先に可決された秘密保護法さえ是認している。この法律は、1925年に制定された治安維持法と瓜二つであると、一部の人々にみなされている。治安維持法は、反政府者が抑圧され、軍国主義を煽るきっかけとなった。
 
勢いが過激主義者の側にしか見受けられないのは、中国と韓国が割のいい役回りを演じたいがために、日本の立場を利用していることが大きい。今年の3月、中国の習近平国家主席はベルリン訪問のついでに、ドイツがとった戦後処理の過程を見習うよう日本に促した。自国の歴史を自分の思い通りに書き換えてばかりの中国共産党党首に言われたのではたまらない。
 
韓国の朴槿恵大統領もまた、外遊の度に日本を批判する。「恐らく彼女は、旧日本軍で高木正雄の名で軍務についた過去のある元独裁者の父親、朴正煕(パク・チョンヒ)の影を払拭したいのでしょう。」と、韓国の文正仁(ムン・ジョンイン)延世大学教授(政治学)は指摘する。1960年代初め、現大統領の父親は日本の首相だった岸信介から多大な協力を得た。元首相は安倍晋三の祖父である。
 
日本の暴走に唯一ブレーキをかけられるのは、安倍氏の靖国参拝を受けて「失望している」という大使館声明を出したアメリカだけのようにみえる。外交上の決して強くはない言葉の中に非難の意味を込めた決まり文句。このところのアメリカは、“アジアの憲兵”の名にふさわしい。
 
安倍氏は自身の言動が国外に及ぼす影響に気づいていないようです。過去を優先し未来をないものと見なしています。」とロバート・デュジャリック氏は主張する。事実、安倍氏の姿勢は私たちを不安にさせる。しかし、自身を選出した日本に限っては、その姿勢は彼に有利に働いているようにみえる。